狙われる富裕層 海外口座情報は190万件超 円安で多額の為替差益に注意

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毎日新聞出版の週刊エコノミスト2022/12/6号に、公認会計士・税理士の高鳥拓也が海外資産の税務調査動向や今後の見通しについて、寄稿いたしました。

目次

狙われる富裕層 海外口座情報は190万件超 円安で多額の為替差益に注意

税務調査はいわゆる富裕層を中心に、申告漏れの国外財産額や国外所得額が大きい順番に実施される傾向にあるが、最近の税務調査では一般の個人課税部門でもCRS(Common Reporting Standard=共通報告基準)情報を活用したケースが目立つようになっている。
CRSとは、非居住者の金融口座の情報を他国の税務当局との間で自動的に交換する仕組みで、経済協力開発機構(OECD)が策定した。口座保有者の個人情報(氏名、住所、マイナンバーなど)、収入情報(利子・配当などの年間受け取り総額)、残高情報(口座残高)などが対象になる。
日本では2018年9月末に1回目が実施された。20年9月末実施の3回目の情報交換では、87カ国・地域から約191万件の日本居住者の海外口座情報が、国税庁に提供された。提供された口座残高は約12・6兆円にのぼる。1回目の情報交換は、原則として、新規開設口座と100万㌦超の個人口座が対象であったが、2回目以降は、これらに加えて100万㌦以下の個人口座と法人口座も対象となった。
海外資産の開示制度としては、年末時点で5000万円超の国外財産を持つ場合、国外財産調書の提出が義務づけられているが、20年分の提出件数は1万1331件で、国税庁が制度導入時に想定していた提出件数に達しておらず、富裕層国外資産の氷山の一角と考えられる。国外財産調書の自主提出が伸び悩む中、国税庁が税務調査の切り札とするのがCRSの情報なのだ。
情報の提供元には、日本人富裕層の主要な海外資産運用拠点であるシンガポール、香港、スイス、や英領バージン諸島(BVI)など一部のタックスヘイブン(租税回避地)も含まれている。20年9月末の3回目の情報交換では、日本と人的・経済的な関係が深い台湾も対象国に加わった。

コロナ禍で国際案件に注力

CRS情報の活用が本格化した背景には、直近2年間のコロナウイルス禍によって税務調査が制限されたことにより、より多くの国税調査官が国税庁の「国際戦略トータルプラン」で示された情報リソースの収集・分析に充てられ、CRS情報を活用する体制が着実に整ってきたことがあるだろう。
CRS情報のデータベースがあれば、調査経験の浅い調査官でも調査官個人の能力に依存せず、国際税務案件の支援を行う専門官の協力を得ながら、効率よく課税ができる。調査官不足で調査件数を減らさざるを得ない状況において、CRS情報を活用した調査が優先的に実施されているだろうことは想像に難くない。
税務調査の現場では、CRS情報に含まれていない海外口座の入出金情報を把握して相続・贈与など財産形成の経緯、他口座や他財産の存在、仮装隠蔽の意図などを確認されることになる。
税務署が納税者本人に調査対象年分の海外口座の入出金記録などの国外財産情報の開示を要求するが、納税者が協力的でない場合や口座が既に閉鎖されている場合は情報の入手が難しく、調査が膠着状態になることが多い。この場合、租税条約の要請に基づく情報交換を通じて、情報の入手を図ることになるが、適切な情報が提供されるかは相手国次第であり、また、相応の時間がかかるため、更正期限を経過することがあった。
そのため、20年度の税制改正で、納税者が税務調査時に調査官の求めに応じて資料を開示しない場合は、調査官が所定の手続きを取ることで、いわゆる税金の時効を原則の5年間(偽りやその他不正の場合は7年)から3年間延長されることとされた。CRS情報で海外資産の申告漏れの端緒を捕捉されて税務調査となった場合は、課税から逃げられないと捉えるべきだ。

文書で納税者に接触

筆者が関与する事案では、海外進出や海外投資をしている中小企業のオーナーが、法人税や個人所得税など複数の税目を横断的に調査する「総合調査」のなかで、CRS情報を端緒として、個人所得や贈与の申告漏れを指摘されるケースが多い。2代目・3代目の経営者の中には、先代経営者から無申告の海外資産の存在を知らされ、顧問税理士にも相談できず、対応に苦慮している人も多いだろう。
また、会社経営者以外にも、海外資産の取り締まりが厳しくなかった時代に親世代が海外に資金を持ち出し、子どもの名義で開いた口座があるものの、過去の記録がないため、申告したくてもできないとの相談も寄せられる。いずれの場合も、税務調査を受けるのは時間の問題と捉えて、税務調査に入られる前に、まずは手元にある情報に基づいて自主的に申告・開示を行うことが、経済的・社会的な影響を最小限に抑える最善の対応だ。
国税当局は、税務調査の優先度が低い対象者に「国外財産調書の提出義務の確認について」といった文書を送付して、接触を進めている。この文書は税務調査ではなく、行政指導の一環として送付されるため、文書が届いてから修正申告を提出しても、自主申告として取り扱われ、ペナルティー(加算税)の減免を受けることができる。税務署からこうした文書が送られてきた人は、放置するのではなく、過去の申告状況を確認する良い機会と捉えて対応するのがよいだろう。

外貨での資産購入も指摘

急激な円安の進行で、保有していた米ドルを日本円に替えた人も多いだろう。為替差益が発生した場合は、雑所得として確定申告する必要がある。税務署は国内口座で日本円に替える場合だけでなく、海外口座で替えた日本円の送金も捕捉している。
海外口座から国内口座に100万円超の送金をする場合は、国内口座の銀行から税務署に支払調書が提出され、この調書に基づき後日、税務署から「国外送金等に関するお尋ね」という文書が届く可能性が高い。このお尋ねによって、為替差益など国外所得の申告漏れの有無を確認されることになる。
さらに、日本円に交換せずに生じた為替差益の申告漏れを指摘される事例も増えている。こうしたケースはこれまでほとんど指摘されることはなかったが、調査官の海外資産に対する調査レベルが年々向上していることを示している。典型的な例は図1の二つのケースだ。
①の外貨建て口座から不動産や有価証券を購入するケースは分かりやすいだろう。預金とは異なる資産に変わったことにより、為替差益が実現したと考えて課税が行われる。②の外国通貨を他の外国通貨に交換するケースは、直感的に分かりづらいので、注意が必要だ。円から米ドルに交換し、これをユーロなど他の外国通貨に交換した場合、その外国通貨への交換時に為替差益が実現したと
考えて課税が行われる。
海外口座は複数の通貨を一つの口座で管理する「マルチカレンシー口座」が一般的である。したがって、自身の海外口座のなかで他通貨に交換した場合であっても、為替差益を認識する必要があるのだ。現実問題として、過去の入出金の資料が入手できず、為替差損益の計算が困難な場合もあるだろう。少なくとも、金額が極端に大きい入出金や他国通貨の交換については、税務調査で為替差益の有無を確認されることを前提に、可能な限り資料を探して、入手できた資料に基づき合理的な方法で為替差益を計算して申告しておくのが安全だ。

「出国税」も要確認

新型コロナウイルス禍が落ち着いて各国の入国制限が緩和されたことにより、海外移住の機運が高まっている。海外移住に際しては、出国税(国外転出時課税)の適用有無の確認が必要だ(図2)。
出国税とは、日本の居住者(個人)が海外移住をして非居住者となる場合、その個人が1億円以上の有価証券を保有するときは、たとえ実際に売却しなくても、保有する有価証券の含み益に所得税15・315%を課税するという制度である。シンガポールや香港などキャピタルゲイン課税がない国に移住の後、有価証券の含み益を実現させることにより、日本での課税を逃れる行為を防ぐために、15年度の税制改正で創設された。
有価証券には上場株式だけでなく、非上場株式も含むので、事業承継で一定以上の株式を承継したオーナー企業のご子息が海外勤務や海外留学をする場合も対象となる。実務上は、譲渡をしていないにもかかわらず、課税されるため、納税資金をどうするか、という問題が生じる。10年以内に日本に帰国する場合は、出国時に納税猶予の手続きをしておけば、帰国後に出国税の課税の取り消しを受けることができるので、検討することを勧めたい。
また、非居住者に対して贈与や相続で有価証券を移転した場合にも同様の取り扱いがある。そのため、資産家で相続が発生し、株式を相続した子どもが海外に居住している場合にも課税が発生し得る。非居住者の相続人がいて、相続財産の中に1億円以上の有価証券が含まれる場合は、相続人に無用の負担をかけないよう、出国税の課税回避が可能か、生前の検討が望まれる。
筆者の考えでは、非居住者の相続人が有価証券を承継する場合でも、納税猶予手続きを取れば出国税の課税は回避できるが、「相続開始後4カ月以内」に時価1億円以上かどうかの判定や含み損益の計算、申告書の作成、担保提供など煩雑な手続きを行う必要があるので、可能であれば非居住者の相続人には有価証券以外の相続財産を承継させる方針で検討を進めるのがよいだろう。

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