毎日新聞出版の週刊エコノミスト2018/12/18号に、公認会計士・税理士の高鳥拓也と税理士の田邊政行が、CRSの動向と今後の対応の留意点について、寄稿いたしました。
目次
海外口座55万件の情報取得 CRSは国税庁の「宝の山」
これまで国税当局が捕捉しにくかった国外の金融機関口座について、国税当局間で自動的に情報交換する仕組み「CRS」(Common Reporting Standard:共通報告基準)に基づき、日本居住者の金融口座情報約55万件が2018年9月末、国税庁に提供された。
CRSは、金融機関が非居住者の金融口座情報(CRS情報)を、税務当局を通じて、非居住者が住む国の税務当局に共通のフォーマットで報告する仕組みである。経済協力開発機構(OECD)が2014年に策定したもので、日本は今回の情報交換が初めてとなる。2019年以降は毎年9月に情報交換を行う予定だ。
例えば、日本居住者が海外の銀行に口座を保有している場合、海外の銀行が現地の税務当局に、口座保有者の個人情報(氏名、住所など)、収入情報(利子などの年間受取総額)、残高情報(口座残高)を報告し、これらの情報が現地の税務当局から国税庁に提供される。
国税庁はCRS情報を「国外送金等調書」、「国外財産調書」など、既に保有している情報と併せて分析し、所得や相続財産の申告漏れを把握した場合、税務調査を行うことを予定している。
低調な「国外財産調書」
これまで国税庁が日本居住者の国外財産や国外所得を把握する手段は、100万円超の海外送金の際に銀行から税務署へ提出される「国外送金等調書」や、租税条約に基づく情報交換が中心であった。しかし、これらは資金の動きを示す取引情報であるため、国外財産残高や実際の国外所得の発生状況を把握するには限界があった。
また、2014年からは年末時点の国外財産残高が5,000万円超の場合に提出が必要な「国外財産調書」の提出が義務付けられた。しかし、未提出のペナルティーが加算税の5%加重、1年以下の懲役または50万円の罰金 と申告対象者の自主申告を促すには軽いと見られ、2016年分の提出件数は9,102件にとどまっている。この件数は、国税庁が制度導入時に想定していた提出件数にまったく達しておらず、富裕層が持つ海外資産の氷山の一角に過ぎないと考えられる。
この状況において、国税庁がCRS情報を「宝の山」と捉えていることは想像に難くない。CRS情報には国外財産の残高情報が含まれるため、実態を把握しやすく、申告漏れがあるか容易に判断できるからだ。
CRS情報は、毎年9月末に前年分の次の情報が、海外の税務当局から国税庁に提供される。
▽個人情報 氏名、住所、生年月日、居住地国、納税者番号(マイナンバー)、口座番号
▽収入情報 利子、配当、株・社債の譲渡代金などの年間受取総額
▽残高情報 預貯金残高、有価証券残高などの口座残高
マイナンバー求める文書
2017年以降、海外口座保有者に、海外の金融機関から税務上の居住国の確認や、マイナンバーの提出を求めるレターが届いている。金融機関は、口座保有者が日本居住者であることを確認した場合、納税者番号(TIN:Tax Identification Number) としてマイナンバーの提出を求めることになる。レターに回答しない場合、利用制限や口座閉鎖などの措置が取られることもあるため、筆者らの事務所にはその対応についての相談が急増している。
また、法人名義で海外口座を保有している場合、その法人がペーパー・カンパニーのときは、その実質的支配者の居住国が特定されて、情報交換が行われる。
例えば、日本居住者が英領バージン諸島(BVI)など、法人税や所得税などの税金がゼロ、あるいは税率が低いオフショア(租税回避)地域に法人を設立し、香港やシンガポールなどで法人口座を開設して資産運用をしている場合、この法人口座情報が国税庁に提供されることになる。日本居住者がオーナーのオフショア法人(ペーパー・カンパニー)の利益は、日本のタックスヘイヴン(租税回避地)税制の適用対象となり、個人の雑所得として申告・納税する必要があるので注意が必要だ。
なお、海外口座間の送金、海外不動産、海外の仮想通貨口座はCRSの情報交換の対象外である。ただし、日本の当局からの情報交換の要請に基づけば、海外の税務当局から情報提供される可能性がある。
CRSによる情報交換は、日本に先行して、2017年9月からフランス、ドイツ、英国など欧州諸国や、英領ケイマン諸島、英領マン島、BVIなど一部のタックスヘイヴンで実施され、2018年9月からは日本やスイス、香港、シンガポール、中国、マレーシア、オーストラリアなどが初回の情報交換を実施した。
BVIなどのタックスヘイヴンや香港、シンガポール、スイスは、情報の匿名性を確保する国策によって投資を呼び込んできたが、こうした国・地域もCRSへ参加している。実際のところ、どの程度の情報が日本に提供されたか、今後の当局の動向により明らかになるので、注視する必要があるだろう。
米国は独自に情報収集
米国はすでに独自の制度(外国口座税務コンプライアンス法=FATCA:Foreign Account Tax Compliance Act)を整えているため、CRSには参加していない。FATCAは米国籍・グリーンカード保持者を含む税務上の米国居住者が、米国外に金融口座を保有している場合、その金融口座がある金融機関に、その口座の個人情報、収入情報、残高情報を米国歳入庁(IRS)に報告することを義務付けている。つまり、FATCAは米国が他国から情報を一方通行で集める制度といえる。
日本居住者が保有する米国口座の情報は、租税条約に基づく現行の自動的情報交換によって、IRSから国税庁に提供される。この自動的情報交換で提供される情報の大半は米国のものと言われており、2016年7月~2017年6月に国税庁に提供された情報は、約20万5000件だった。提供される情報は、米国で発生した利子・配当・株式譲渡対価・不動産収入などのうち、日本居住者に支払われたものである。
2018年1月以降、日本居住者が日米租税条約の特典(銀行預金の利子の免税扱いなど)を受けるために提出が必要な「Form W-8 BEN」にマイナンバーの記載が必須となったため、今後はマイナンバー付の情報がIRSから国税庁に提供されることが予想される。
2019年7月から調査開始か
今回(2018年9月)の情報交換で国税庁に提供された情報は、日本居住者が海外の金融機関に保有する口座のうち、原則として、①2016年12月末の口座残高が100万㌦超の個人口座、②2017年1月1日以降に新規開設した個人・法人口座 の2017年分の収入情報と残高情報 である。
2019年9月の2回目の情報交換では、①、②に加えて、③2016年12月末の口座残高が100万㌦以下の個人口座、④法人口座 が予定されている。③、④については、海外の金融機関が保有者の居住地国の特定を終えている場合には、初回の2018年9月から情報交換が行われることになる。
今回、約55万件の口座情報が国税庁に提供されたが、件数を見みると一定数の③、④の口座情報が提供されている可能性があると考えられる。
CRS情報に基づく税務調査が本格化するのは、税務署の新事務年度が始まる2019年7月以降だろう。ただし、2018年の確定申告のタイミングで自主申告を促すべく、資産家や社会的知名度の高い人に、先行して税務調査を行う可能性もある。
税務調査は、申告漏れの国外財産額や国外所得額が大きい順番に実施される見込みだ。ただし、調査対象者は、いわゆる富裕層に限定されない。それ以外の人も対象として税務調査が行われるのは時間の問題であろう。CRS情報は申告漏れの確実な証拠であり、税務的な判断が論点となる余地が少ないので、国際税務に明るい調査官でなくても、税務調査を実施し、確実に課税を行うことが可能であるからだ。同様の理由で、調査対象地域についても、都市圏に限定されず、全国的に実施されることが予想される。
豪預金利息の確実な証拠
実際、オーストラリアから日本居住者の口座情報が国税庁に提供された際、国税庁は豪金融機関の預金利息に対する申告漏れの確実な証拠をつかみ、個人所得税の調査部門を動員して、全国的に税務調査を実施した。
CRSへの対応として、情報交換の不参加国や情報交換時期が未定な国、例えば、タイ、フィリピン、モンゴルなどでの口座開設や、マレーシアなどで投資永住権を取得し日本非居住者として口座開設するといった抜け道を探る向きもあるようだが、いずれも時間稼ぎに過ぎない。
無申告の国外資産や国外所得がある場合は、税務調査が入るのは時間の問題ととらえて、自主的に過去分の修正申告、および、国外財産調書を提出するのがよいだろう。加算税の減免を受けられるだけでなく、税務調査がいつ来るかと脅える生活から解放されるからだ。
CRSの最新動向は、こちらのQ&Aをご覧ください。
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