毎日新聞出版の週刊エコノミスト1/31号に、税理士の田邊政行と、公認会計士・税理士の高鳥拓也が、CRSの動向と今後の対応の留意点について、寄稿いたしました。
目次
CRSの脅威!国際的な口座情報の交換開始、脱税・租税回避防止の切り札
これまで国税当局が捕捉しにくかった国外の金融機関口座について、国税当局間で自動的に情報交換する国際基準「CRS」の運用が今年から順次スタートする。これにより、国税当局は納税者が国外の金融機関に持つ口座情報を格段に把握しやすくなり、脱税・租税回避防止の切り札として位置づけている。
「国税は海外資産を把握できないだろう」という安易な思い込みで無申告や過少申告することは今後、リスクが格段に高まる。国税当局にすべての海外資産が把握されることを前提とした、合法的な税務対策を行うことが必要となる。
CRS(Common Reporting Standard:共通報告基準)とは、金融機関に非居住者の口座がある場合、金融機関が各国の税務当局を通じ、相手国政府にその口座情報を共通の基準で報告する仕組みだ。これまでは、各国で情報の整理の仕方が異なっており、金融機関の事務負担もあって円滑な情報交換が難しかった。そこで、経済開発協力機構(OECD)が2014年2月、CRSを策定して公表。金融機関の負担を軽減しつつ、金融資産の情報を各国税務当局間で効率的に交換し、国際的な脱税や租税回避に対処する狙いだ。
タックスヘイブンも参加
CRSには日本を含む98カ国・地域が参加しており、各国でCRS導入に向けた法整備が進んでいる。17年9月からCRSに基づく情報を提供するのは、フランス、ドイツ、英国など欧州諸国や、英領ケイマン諸島、英領マン島、英領バージン諸島など一部のタックスヘイブン(租税回避地)が含まれる。また、18年9月には日本やスイス、香港、シンガポール、中国、マレーシア、オーストラリアなどが初回の情報交換を予定している。各国ではCRSの導入を前に、口座保有者の居住国や納税者番号などを確認する動きもすでに始まっている。
ケイマン諸島などのタックスヘイブンや香港、シンガポール、スイスは、情報の匿名性を確保する国策によって投資を呼び込んできたが、こうした国・地域もCRSへの参加を表明している。ただし、米国はすでに独自に同様の制度を整えているため、CRSには参加していない。
日本に居住する個人が外国に金融口座を保有している場合、CRSに基づき外国の税務当局から国税庁に次の個人情報、収入情報、残高情報が提供される。
▽個人情報 氏名、住所、生年月日、居住国、納税者番号(マイナンバー)、口座番号
▽収入情報 利子、配当、株・社債の譲渡代金などの年間受取総額
▽残高情報 預貯金残高、有価証券残高などの口座残高
保険、ファンドも対象
日本が予定している18年9月末の初回の情報交換で国税庁に提供されるのは、日本居住者が外国の金融機関に保有する口座のうち、原則として①16年12月末の口座残高が100万㌦超の個人口座、②17年1月1日以降に新規開設した個人・法人口座についての17年分の収入情報と残高情報──である。したがって、個人口座のうち、16年12月末の口座残高が100万㌦以下の口座は、外国の金融機関が非居住者の特定を完了している場合には初回から情報交換が行われるが、原則は次回19年9月末の情報交換で国税庁に提供されることになる。
なお、個人の休眠口座(17年1月1日以前3年以内に払い出しなどの取引がなく、口座残高が1000㌦以下などの要件を満たす口座)や、16年12月末時点の口座残高が25万㌦以下の法人口座は情報交換の対象外となる。ただし、17年1月1日以降に新規開設する口座は、個人・法人ともに金額基準がなく、全ての口座が情報交換の対象となるため注意が必要だ。情報交換の対象となる金融機関は銀行だけでなく、証券会社、保険会社、投資ファンドやカストディアン(有価証券の保管・管理を行う金融機関)も含まれる。海外不動産は情報交換の対象となっていない。
日本はこれまでも、各国と租税条約を結んで情報交換をしてきた。ただ、情報交換では「法定調書」(税務署への提出が義務付けられている書類)に基づき、利子・配当などの取引(フロー)の情報は報告内容に含まれているが、相手国に法定調書の仕組みがない場合や、その年に利子・配当などの取引が発生していない場合には、国税当局は海外資産に関する情報を正確に把握することは困難だった。これに対して、CRSによる自動的情報交換では、その年の口座残高(ストック)と、取引から生じる利子・配当などのフローの年間受取総額が、強制的に国税庁に報告されることになる。
豪州の口座情報入手か
海外資産の無申告事案などに対する税務調査、特に相続財産の申告漏れに対する相続税の調査は今後、一層厳しくなるだろう。国税当局にとっても、こうした無申告事案は税法解釈の見解の対立になりにくく、税務調査の効率が非常に高い。すでに、日本の国税当局は現行の租税条約に基づく情報交換で、ナショナルオーストラリア銀行(NAB)、オーストラリア・ニュージーランド銀行(ANZ)などオーストラリアの金融機関の口座情報を大量に入手したとみられ、所得や相続財産の申告漏れがある納税者に対して税務調査を積極的に行っている。CRSで入手した情報についても同様に取り組むことになるだろう。
国税当局が海外資産や海外での所得の申告漏れを把握して税務調査に入ると、修正申告などで過去5年分、最大で7年分の追加納税が必要になる。この場合、加算税の軽減・免除が受けられないだけでなく、海外に5000万円超の財産を保有する人に義務付けられている「国外財産調書」が未提出の場合は追加で 加算税5%が課され、さらに最悪の場合は重加算税の対象となる可能性がある。また、国外財産調書の未提出に対する刑事罰(1年以下の懲役または50万円以下の罰金)の適用を受けることもありうる。
現時点で海外資産や海外での所得の申告漏れがある人は、自主的に申告することでペナルティーの軽減・免除を受けることができるため、早急に修正申告などの準備を行うのがいいだろう。また、国外財産調書の提出を見送った人は、修正申告などとともに提出すれば期限内に提出したものと取り扱われるため、今から提出しても遅くはない。
(2017年9月13日追記)
CRSの最新動向は、こちらのQ&Aをご覧ください。
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当コラムは2017年1月現在の税制に基づいて作成しており、読者の皆様のご理解を深めるために内容を簡素化している場合がございます。また、具体的な状況によって課税関係が変わる可能性がありますので、記載情報に基づいて行動される前に、弊所までご相談して頂ければと思います。