海外財産を狙い撃ち 「100万㌦以下」も対象に 情報交換で申告漏れを捕捉

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毎日新聞出版の週刊エコノミスト2020/12/15号に、公認会計士・税理士の高鳥拓也がコロナ禍における海外資産の税務調査動向や今後の見通しについて、寄稿いたしました。

目次

海外財産を狙い撃ち 「100万㌦以下」も対象に 情報交換で申告漏れを捕捉

新型コロナウイルス感染拡大の影響で控えられていた税務調査が10月から再開された。今年度の税務調査は、短期決戦となるため、確実に課税ができて、年内に調査終結が見込める事案が選定される傾向だ。海外資産の税務調査は、海外資産や海外所得の明らかな申告漏れが狙い撃ちにされ、結果として、調査対象者は、海外口座残高が100万㌦(約1億500万円)以下の人まで広がっている。

年末時点で5000万円超の国外財産を持つ場合、国外財産調書の提出が義務づけられている。2018年分の提出件数は9961件と年々増加しているものの、頭打ちだ。国外財産調書未提出に伴うペナルティー(加算税)適用件数の大幅な増加を見るに、まだまだ提出していない人が多いのは明らかである。

国外財産調書の自主提出が伸び悩む中、国税庁が税務調査の切り札とするのがCRS(Common Reporting Standard=共通報告基準)の情報だ。CRSは、非居住者の金融口座の情報を他国の税務当局との間で自動的に交換する仕組みで、経済協力開発機構(OECD)が策定した。口座保有者の個人情報(氏名、住所など)、収入情報(利子の年間受取総額)、残高情報(口座残高)などが対象になる。

85カ国・地域から提供

日本では18年9月末に1回目が実施された。昨年9月末実施の2回目の情報交換では、85カ国・地域から約189万件の日本居住者の海外口座情報が、国税庁に提供された。1回目の情報交換は、原則として、新規開設口座と100万㌦超の個人口座が対象であったが、2回目以降は、これらに加えて100万㌦以下の個人口座と法人口座も対象となった。

提供元には、日本人富裕層の主要な海外資産運用拠点であるシンガポール、香港、スイス、オーストラリアや英領バージン諸島(BVI)など一部のタックスヘイブン(租税回避地)も含まれている。ただ、100万㌦以下の個人口座の情報がCRSの対象になったとはいえ、調査効率の観点から税務調査の優先順位は、申告漏れの海外資産額や海外取得額が大きい順に選定されると考えられていた。

しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今年度の税務調査の様相が一変した。通常の年度であれば7月から実施される税務調査が10月にずれ込み、また、今冬以降の感染状況が不透明であるため、個人に対する税務調査は、年内に調査終了が見込めて、この3カ月の調査期間で確実に課税できる事案が選定されている。

海外資産の税務調査では、超富裕層がプライベートバンクで組成した複雑な資産運用スキームなどの解明よりも、CRSや法定調書(税務署への提出が義務付けられている書類)で直接入手した海外資産や海外所得の明らかな申告漏れが重点的に狙われている。

超富裕層は顧問税理士がいるため、明らかな申告漏れの状況が放置されていることは考えにくい。しかし2回目以降のCRSの対象になった海外口座100万㌦以下のような人は、適切に海外資産や海外所得を申告していないことも多く、結果として、今年度の税務調査で狙い撃ちにされている印象だ。

新型コロナウイルスの影響で税務調査の実施が制限を受けるなか、文書による接触も頻繁に実施されている。「国外送金等のお尋ね」や「国外財産調書の提出義務の確認について」といった文書が代表例だ。これらは税務調査ではなく、行政指導の一環で送付されるため、文書が届いてから修正申告を提出しても、自主申告として取り扱われ、ペナルティー(加算税)の減免を受けることができる。文書による接触があった人は、過去の申告状況を確認する良い機会と捉えて対応するのがよいだろう。

また、従来どおり、高額な海外送金を端緒とする海外資産の申告漏れ、外資系企業勤務者のRSU(譲渡制限付株式)やストックオプション(自社株購入権)などの申告漏れに対する税務調査は活発なので注意されたい。

今年からは台湾とも

来年以降の海外資産の税務調査は、新型コロナウイルスの感染状況によるが、やはり申告漏れ額が大きい事案や不自然な取引を捕捉した事案が優先的に選定されるであろう。調査対象者の選定において、CRS情報は積極的に活用される見込みだ。

筆者が聞いた話では、依然として、一部の海外金融機関の担当者が「CRSの対象にならないファンドがあるので買い換えては」「口座を海外住所で登録すれば報告されない」などというセールストークを展開しているようである。CRSによる情報交換は、対象国であれば例外なく国税庁に提供され、また、居住国を偽ることは現地国の法令違反で処罰されるため、鵜呑みにしてはいけない。

2回目以降のCRS情報交換には、日本居住者が実質的所有者である英領バージン諸島(BVI)などの法人名義、トラスト(信託)名義の運用口座の情報も提供されている。これらの口座の申告漏れがあったり、申告処理が適切でない場合、課税額が大きくなる傾向があるため、税務調査となる可能性が高い。シンガポールや香港などのプライベートバンクからの助言で、海外法人を設立して法人名義で資産運用や生命保険に加入している人は、税務調査となる前に国際税務に詳しい専門家にセカンドオピニオンを取ることをお薦めしたい。

また、本年9月末の3回目のCRS情報交換では、台湾と日本との間で初回の情報交換が実施された。台湾は日本と人的・経済的な関係が深く、一定数の日本居住者が台湾に金融口座を保有していると考えられる。台湾からの情報提供に基づく税務調査は来年度に実施される見込みであるため、台湾に無申告の財産がある場合は早めに自主申告するのがよい。

海外資産に対する監視や徴税強化は今後一層進んでいくと考えられる。OECDでは仮想通貨をCRSの対象に含める検討がなされている。また、日本では税制改正により、20年分以降の海外所得の納税義務については、容易に時効が成立しない形となった。

海外資産がガラス張りになった以上、税務調査から逃げることはできない。新型コロナウイルスの影響で税務調査の実施が制限されている今、過去の海外資産の申告状況を見直して、申告漏れの海外資産や海外所得がある場合は、自主的に過去分の修正申告、および、国外財産調書を提出するのがよいだろう。

CRSの最新動向は、こちらのQ&Aをご覧ください。

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当コラムは2019年12月現在の税制に基づいて作成しており、読者の皆様のご理解を深めるために内容を簡素化している場合がございます。また、具体的な状況によって課税関係が変わる可能性がありますので、記載情報に基づいて行動される前に、弊所までご相談して頂ければと思います。

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