海外財産も捕捉!金融口座の情報交換を端緒1億円以下も調査の対象に

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毎日新聞出版の週刊エコノミスト2019/12/10号に、公認会計士・税理士の高鳥拓也が、CRSの動向と今後の対応の留意点について、寄稿いたしました。

目次

海外財産も捕捉!金融口座の情報交換を端緒1億円以下も調査の対象に

海外で所得を得たり資産を持ったりしている富裕層に対し、国税が監視を強化している。今年7月には、大阪国税局が国外財産調書を提出しなかったとして、国外送金等調書法違反の疑いで京都市の男性を京都地検に告発したことが判明。国外財産調書の不提出で立件したのは2014年1月の制度開始以来初めてで、申告漏れを許さない国税側の強い姿勢の表れだ。

国外財産調書制度では、年末時点で5000万円超の国外財産を持つ人を対象に、財産の内容や金額などを翌年3月15日までに税務署に提出することを義務付けている。未提出のペナルティーとして、過少申告加算税が5%加重されるほか、1年以下の懲役または50万円の罰金が科されることがある。17年分の提出件数は9551件と年々微増しているものの、5000万円超の国外財産を持つ人がこれほど少ないとは思えない。

低調な国外財産調書

報道によれば、男性は17年12月末時点で香港の自身名義の口座などに7400万円の預金があったが、国外財産調書を故意に提出しなかったという。また、約2億1500万円の所得を申告せず、所得税約8300万円を脱税したとして、所得税法違反でも告発されている。京都地裁は今年11月、男性に対し懲役1年2月、執行猶予3年、罰金2100万円(求刑・懲役1年2月、罰金2400万円)の有罪判決を言い渡した。

国外財産調書の提出件数が伸びないのは、提出すれば国外財産の取得の経緯や原資も税務当局に説明しなければならない上に、相続に至るまで財産の行方を税務当局に追及されてしまうということがあるからだろう。さらに、国外財産から得ていた所得について所得税の修正申告などが必要になり、新たな税負担を回避したいという思惑が働いている可能性がある。

また、未提出のペナルティーも、申告にかかる負担からすると軽いことも申告が進まない理由と考えられる。米国では海外金融資産の故意の開示申告違反は、10万㌦(約1100万円)か海外金融資産の50%どちらか高い方に未開示年数(過去8年分が対象)を乗じた額が罰金として科され、悪質と判断された場合は刑事罰も科される。国外財産調書の提出件数が今後も低調なら、米国を参考に厳罰化が図られる可能性はある。

今年は100万㌦以下も

国外財産調書の自主提出が伸び悩む中、国税庁が頼りにするのがCRS(Common Reporting Standard=共通報告基準)の情報だ。非居住者の金融口座の情報を他国の税務当局との間で自動的に交換する経済協力開発機構(OECD)が策定した仕組みで、口座保有者の個人情報(氏名、住所など)、収入情報(利子の年間受取総額)、残高情報(口座残高)などが対象になる。

日本では昨年9月末、64カ国・地域から約55万件の日本居住者の海外口座情報が、初めて国税庁に提供された。提供先には、日本人富裕層の主要な国外資産運用拠点であるシンガポール、香港、スイス、オーストラリアや英領ケイマン諸島、英領マン島、英領バージン諸島(BVI)など一部のタックスヘイブン(租税回避地)も含まれている。

提供された情報の範囲は、日本居住者の海外口座のうち、原則として、①2016年12月末の口座残高が100万㌦超の個人口座、② 17 年1月1日以降に新規開設した個人・法人口座の17年分の収入情報と残高情報である。今年9月末にも2回目の情報交換が実施されており、詳細は公表されていないが、①、②に加えて、③16年12月末の口座残高が100万㌦以下の個人口座、④法人口座が提供されたと思われる。

なお、海外口座を保有している法人がペーパーカンパニーの時は、その実質的支配者の居住地国が特定されて、情報交換が行われる。例えば、日本居住者が英領バージン諸島などタックスヘイブンに法人を設立し、香港やシンガポールなどで法人口座を開設して資産運用をしている場合、この法人口座情報も国税庁に提供される。こうした方法で所得を得ている場合、個人の雑所得として申告納税する必要があるので注意が必要だ。

シンガポールの情報も

国税庁は提供されたCRS情報を活用し、海外取引や海外資産を把握し、課税上の問題が認められる場合には税務調査などを行っている。CRS情報に基づいた富裕層への税務調査は今年7月(税務署の事務年度は7月から翌年6月)から本格化し、筆者の事務所にもCRS情報で明らかになったと推察される、海外資産関連の対応についての相談が急増している。

昨年までの国外資産の税務調査の傾向としては、高額な海外送金を端緒とする国外資産の申告漏れ、外資系企業勤務者のRSU(譲渡期限付き株式)やストックオプション(自社株購入権)などの申告漏れ、豪州の金融機関の預金利子の申告漏れが多かった。これらの申告漏れは、国外送金等調書や以前から連携していた豪州当局からの情報提供を契機として税務署に把握されたものだ。

一方、今年の税務調査では、これらに加えてCRS情報が調査着手の端緒と考えられるものが増加した。特に、日本人富裕層の主要な国外資産運用拠点であるシンガポール、香港、スイスに所在する金融機関から提供されたCRS情報に基づくものが多い。個人口座だけでなく、日本居住者が実質的所有者であるシンガポールや英領バージン諸島などの法人名義、トラスト(信託)名義の運用口座の情報も提供されている。これらの国は、情報の匿名性を確保する国策によって外国からの投資を呼び込んできたため、適切に情報を提供するのか懐疑的な見方もあった。しかし、現在の税務調査の状況を見る限り、これらの国もCRSに基づいて対応していると思われる。

来年9月は台湾と予定

CRS情報に基づく税務調査は、申告漏れの国外財産額や国外所得額が大きい順に調査対象者が選定されているようだ。実際、筆者の事務所が関与した税務調査は、東京国税局管内の場合、すべて無申告の海外口座残高が5億円超の案件である。筆者が聞いた話では、海外銀行の営業担当者に「この銀行の口座はCRSでも情報を提供しなくていい。国税庁にあなたの口座残高が知られることはない」と説明されていた海外口座の情報が、国税庁に提供されて税務調査を受けた事例があった。しかし、CRSによる情報提供は、対象国であれば例外なく提供される。海外銀行の担当者によってはCRS制度の理解が不十分なことがあり、説明をうのみにしないほうがいい。

来年9月には台湾が日本と初回の情報交換を予定している。台湾は日本と人的・経済的な関係が深く、一定数の日本居住者が台湾に金融口座を保有していると考えられる。台湾からの情報提供に基づく税務調査は21年7月以降と考えられるが、台湾に無申告の財産がある場合は申告漏れ状態であることを認識して、早めに自主申告するのがよい。

さらなる税制改正も

国外資産を持つ富裕層への税務調査の実効性を高めるため、来年度の税制改正に向けて、国外の取引情報の開示を促す措置が検討されているようだ。国税庁にとってCRS情報は調査対象者の選定では有用だが、CRS情報だけでは課税要件を構成する事実、つまり、申告漏れの額までは把握できず、税務調査の現場で国外取引の実態を解明する必要がある。

現状の税務調査では、税務署が納税者本人に調査対象年分の海外口座の入出金記録などの国外財産情報の開示を要求するが、納税者が協力的でない場合や口座がすでに閉鎖されている場合は情報の入手が難しく、調査が進まないことが多い。この場合、租税条約に基づいて情報の入手を図っても、適切な情報が提供されるかは相手国次第となる。また相応の時間もかかるため、申告漏れを指摘できる期限を超えてしまうこともある。

そのため、税制改正の議論では、納税者が税務調査時、調査官の求めに応じて過去の海外口座の入出金記録などの国外財産情報を開示した場合は過少申告加算税を軽減し、開示しない場合は加算税を加重する措置が検討されている模様だ。また、CRS情報には海外口座の入出金情報が含まれていないため、入出金情報を把握して財産形成の経緯や他の財産の存在、仮装・隠ぺいの意図などを確認したい狙いもあると考えられる。

来年7月以降の税務調査では、海外口座残高が5億〜数十億円以上という超富裕層だけでなく、海外口座残高が1億円以下の人も調査の対象になると考えられる。無申告の国外資産や国外所得がある場合は、自主的に過去分の修正申告、および、国外財産調書を提出するのがよいだろう。海外資産がガラス張りになった今、富裕層は税務調査から逃げることはできないのだ。

CRSの最新動向は、こちらのQ&Aをご覧ください。

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当コラムは2019年12月現在の税制に基づいて作成しており、読者の皆様のご理解を深めるために内容を簡素化している場合がございます。また、具体的な状況によって課税関係が変わる可能性がありますので、記載情報に基づいて行動される前に、弊所までご相談して頂ければと思います。

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